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メンバー紹介

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国際歯科医学連携開発センター

運営委員会

  • 高田 隆:教授(センター長)
  • 西村英紀:教授(副センター長)
  • ウディヤント テジョサソンコ:特任准教授(副センター長)
  • 内田隆:教授
  • 二川浩樹:教授
  • 香西克之:教授
  • 兼松隆:教授
  • 岡 広子:特任助教

教育委員会

評価委員会

国際歯科医学連携開発学研究室

特任准教授 ウディヤント テジョサソンコ

ウディヤント テジョサソンコ

Allow me to introduce myself. I am Udijanto Tedjosasongko. Please call me Udi. I am a moslem. I was born on June 1st 1968 in Surabaya Indonesia. My father was a Professor of Oral Surgery (1938-2005) and my mother is an orthodontist. They were teaching staff member of Faculty of Dentistry Airlangga University Surabaya Indonesia. My sister is an ophthalmologist, and her husband is an orthopedics doctor.

I finished my undergraduate school at Faculty of Dentistry Airlangga University in September 1992 and I got my PhD degree from Graduate School of Biomedical Sciences Hiroshima University Hiroshima Japan in 2000 under guidance of Prof Nagasaka Nobuo and Prof Kozai Katsuyuki. After I finished my study at Hiroshima University, I continued study at Airlangga University and got the degree as a Pediatric Dentist in 2003.

Just several months after I graduated from Airlangga University, in 1993 I start to work as teaching staff at Department of Pediatric Dentistry Faculty of Dentistry Airlangga University until present. Since April 2011, Hiroshima University giving me a great opportunity to be a member of a big family of Faculty of Dentistry Hiroshima University as Specially Appointed Associate Professor at the Department of International Collaboration Development for Dentistry (ICDD). For me Hiroshima University and Airlangga University are my one big family. I have learned a lot from Airlangga University and Hiroshima University, so it is my turn now to give my best to both institutions.

Nobody is perfect. I try to learn everything from everyone at anytime. I believe that everyone has his/her own duty. I wish I can do my best to finish all my duties that God gives me in this world.

特任助教 岡 広子

岡 広子

ReaD & Researchmap

私は愛知県名古屋市で生まれ、高校卒業まで名古屋市で過ごしました。 高校生のときに法医学や法医歯科学のエッセーやTVに影響を受け、どんなものだろうと興味を持って広島大学歯学部に入学。でも歯学部の6年間は歯科医師になるための勉強に取り組みつつ、部活動ではじめた弓道にはまっていました。

口腔内の診断を勉強できるということで広島大学大学院へすすみ、今度は学位テーマである「セメント芽細胞の各種機能におけるプロスタグランジンE2の作用機序の解明」にのめりこみました。セメント芽細胞は歯根の周りにいる細胞です。この時の研究が「歯の根が解けるはなぜ溶けるときと溶けないときがあるのか」という疑問につながり、最近の自分自身の研究テーマへ発展しています。また、歯科の臨床を全く知らないというのは今後歯科医師という自分の強みを生かせないと考え、口腔総合診療科や開業歯科医院で歯科医師として臨床の研鑽をつむ機会を得て充実した4年間でした。さらに、日本の大学院でありながら、多国籍だった当時の研究室は、いかに外国人に自分の言いたいことを伝えるか、なぜ時間通りに物事が運ばないのか、いろいろなカルチャーショックを体験することができ「小さな国際社会」として私の国際感覚を育んでくれたように思います。当初の目的の法医歯科学との関わりはというと、紹介していただいた広島の歯科医師で身元不明のときなどの捜査に協力している先生方に時々お話を聞いたり、広島で行われる研修会に行ったりということを行うにとどまり、なかなか発展しませんでした。

卒業後縁あって、大学院教育プログラムに関わり、さらに本国際歯科医学連携開発学研究室へ異動しました。いわゆる「歯医者さん」としての仕事は最近ほとんどしていませんが、逆に歯科医師がふつうはしていないことに挑戦できとても刺激的です。

「法医歯科学に関わりたい」という目的に引っ張られて行動してきた私ですが、23年3月に発生した東日本大震災の被災者身元確認作業に協力する機会を得、一人でできることの限界を痛感し「連携」「人を育てる」についていろいろと考えさせられました。この研究室で「法歯学」という分野においても今までと違うアプローチができる新たな可能性を見出し、挑戦していきたいと考えています。

学生の皆さんへ学部生の皆さんには、与えられるものを待つだけではなく、自分から動き出し色々なチャンスをつかんでほしいと願っています。英語ができないからと言っていては何も始まりません(ちなみに私自身の英語に関する資格は中学生時代に受けた「英検3級」のみです)。いかに伝えようとするか、わかろうとするか、関わろうとするか―まずはやってみましょう!!

過去のメンバー

  1. 2012年のメンバー
  2. 2011年のメンバー